桑田真澄の成績・通算は?たいしたことない?


元プロ野球選手の桑田真澄さんは、現役時代の通算成績はどうだったのでしょう?「たいしたことない」という声があるのは、本当でしょうか?桑田真澄さんの通算成績は本当にたいしたことないのか、気になるので調べてみました!

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桑田真澄の通算成績・高校時代

通算成績は本当に『たいしたことない』んでしょうか?桑田真澄さんは高校時代、1983年夏、1984年春、1984年夏、1985年春、1985年夏と甲子園に出場しています。1年生の春から3年生の夏まで出場しているんですね!

桑田真澄さんの在籍したPL学園は、当時の高校野球界で最強と呼べる実力を誇っていました!それは桑田真澄さんや、桑田さんと共に『KKコンビ』と呼ばれた清原和博さんの存在が大きな要因であったのは言うまでもありません。

桑田真澄の成績は本当に、たいしたことない?

さて、高校野球で投手として通算20勝という、『たいしたことない』どころか輝かしい成績を残して桑田真澄さんは読売ジャイアンツに入団しました。

2年目の1987年の成績は15勝6敗、防御率2.17で最優秀防御率を獲得し、沢村賞に選ばれました!翌1988年には開幕投手に抜擢され、斎藤雅樹投手、槙原寛己投手とともに先発「三本柱」としてチームに貢献し、何と1992年には、6年連続二桁勝利を記録したんです!

この成績は『たいしたことない』事は決してありませんね!実はこの『たいしたことない』というのは2011年の野球サイトでの対談で、桑田真澄さんが自分自身を表して言った言葉だったんです。

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桑田真澄の野球の成績は勉強によって培われた?

野球選手としては決して体格が大きいとは言えない桑田さんは、PL学園で清原和博さんら190センチクラスの選手を目の当たりにした時に「普通に野球をやっていては自分はダメだ」と感じ、野球以外のことも大切だと勉強をするようになり、色々と本を読むようになったんですね!そうして判断力や忍耐力、分析力といった色々なことを学んでいきました

(野球選手としては)体が小さい桑田さんが、どうして高校野球でストレートとカーブの球種だけで戦ってこれたかというのは、勉強で培った分析力も大きかったということなんですね。

具体的には、相手打者のバッティングフォームがダウンスイングの場合は、高めのストレートに気をつけ低めのストレートと低めのカーブを投げる、逆にアッパースイングなら、初球に真ん中高めのストレートを投げると見事に打ち上げてくれる、といった投球ルールを習得したんです。

桑田真澄の成績は総合力によるもの!

桑田真澄さんは、勉強もそうですがPL学園で清原和博さんら大型選手を目の前にして「自分は自分らしさを大切にしよう」と強く感じ、「総合力」の追求を始めました。投げて、打って、走って、そしてメンタル的にも高みを目指してといった、総合力で勝負をかけたんです!

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桑田真澄の通算成績・打撃は?

「総合力」を大事にしてきた桑田真澄さんは、投手でありながら打撃も相当良い成績を残しています!通算打率が2割1分6厘(890打数192安打)、本塁打7本、79打点 という、打撃の通算成績です。投手であった桑田さんは打撃の練習はほとんど出来なかった訳ですが、野手が練習してるバッティング練習を見ながら走っている時に、バッティングマシンやピッチャーの球は上から下に軌道を描く事に気づきました。

当時みんな「上から叩け!」と指導される事に対し、バッティングは実はアッパーで打つ方が当たる確率が高くなるのではないか?と思うようになって、練習で試してみるとそれまでより打てるようになったそうなんですね!桑田真澄さんが投手でありながら打撃も素晴らしいのには、こういった独自の理論を編み出していった要因が大きいと思います。

打撃の通算成績だけを見ても、桑田真澄さんが『たいしたことない』訳ない事が分かりますね!

桑田真澄の高校20勝の成績の凄さ

桑田真澄さんは甲子園で通算20勝している訳ですが、これは冷静に考えてとんでもないことです!甲子園は最高で1年夏、2年春、2年夏、3年春、3年夏と5回出場出来ますが、実際に5回連続で出場するなんてほぼ不可能でしょう。それを桑田真澄さんはなし得ています。そして1回戦から決勝まで戦うと春の選抜は5試合、夏の全国は6試合ですので、5試合×2+6試合×3で、28試合投げる事になります。

甲子園に5回連続で出場し、なおかつ全て決勝まで勝ちぬくという、とんでもないことを成し遂げている訳ですね!桑田真澄さんは2年春の選抜の1回戦は登板しておらず、3年夏は2回戦からの登場ですので26試合投げて20勝してしまってる訳です!

甲子園で20勝をあげながらも、桑田真澄さんはプロに行く事を視野においた投球を心がけていました。つまり肩を温存するための投球術ですね!

三振だと、最低でも3球投げなきゃいけないので、肩が壊れないように早く試合を終わらせる。つまり、できるだけ初球で打者を討ち取るための方法を常に考えていたというのです。

何がなんでもプロ野球選手になりたかった桑田真澄さんは、投げ込みすぎて肩を壊したり、燃え尽きたりする選手が多く見てきました。ですから自分はいかに省エネ投法で打ち取りに行くかという考えになっていったんですね!

甲子園のとてつもない過密スケジュールで投げ続けても、自分の肩や肘を壊さない為に、桑田さんは必死で考え、技術を磨き、体を守り抜いたのです。

桑田真澄の引退後の活動は?

桑田真澄さんは引退後は、野球解説者、野球評論家として活動しています。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学して、首席で修了し、修士論文は最優秀論文賞を受賞しました。2013年1月からは、東京大学硬式野球部の特別コーチを務めています。
さらに2014年には東京大学の大学院へ進み、2年間を目途に投手や野手について研究しました。指導者、野球解説者、野球評論家としての幅広い活動と、野球に関する研究にも熱心に取り組んでいます。

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桑田真澄が考える今後の野球界

今後の日本の野球界を発展の為、桑田真澄さんには様々な構想があります。例えば少年野球。少年野球は親御さんの協力無しには続けることが難しいスポーツです。小学校、中学校までは野球に全く興味がなかった母親が、熱心に応援し、サポートしています。プレーをしているのは男の子だけど、その男の子を育てるのはお母さんですから、子供とお母さんをきちんと取り込めば、野球は継続的に続きます。

メジャーリーグでは、子供とお母さんを巻き込む戦略を立て、機構が各チームと連携して野球の普及に努めているんですね。日本ももっとコミッショナーに権限を与え、野球界の課題を整理してひとつひとつ変えていく必要があるのではないかと、桑田真澄さんは考えています。少子化の日本で、どうすればみんなが野球に親しめる環境を作り上げられるかを、野球界全体で真剣に議論したり協力したりできるような取り組みも必要であると構想しているんですね。

そして野球というスポーツはルールが複雑なので、普段から野球に接することが重要になってくると考えます。最近はテレビの野球中継も減り、公園でもボール遊びが禁止という現状の中で、草野球をしているお父さんは今後の野球界にとってすごく重要なファクターとなってくるのではないでしょうか。

ですので、桑田真澄さんは草野球をやっている大人、少年野球を指導している大人に、子供たちの模範となるような行動を実践してほしいと願ってるんですね(^^)

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